従業員ひとりひとりが「有意注意」となることが大切 / 全員参加を鉄則とする
私は、「有意注意」という言葉をよく使います。
その意味は、“意識的に意を注ぐ”ということです。
たとえば、音がしてそちらをパッと振り向く、これは「無意注意」と言います。
それは、何も意識しないで、音がしたので驚いて反射的に振り向いただけのことです。
これは中村天風先生の言葉ですが、「生きていくには、常に意識して物事をしなさい。無意識にしてはいけない。」とおっしゃっています。
このことは、仕事をする場合にも非常に大事なことで、どんな些細なことでも意識を集中して物事を考える、自分で意識をそちらに向ける、つまり「意を注ぎなさい」ということなのです。
「これは些細なことだから部下に任せよう、これは大きなテーマだから自分で考えよう。」ということをしていたのでは、「いざ鎌倉」という時、つまりたいへん大事なことを自分の判断で決めなければいけない時に、普段からの「有意注意」の習慣がないものだから、考えることも、決めることもできない。
そのために失敗する例がよくある。
したがって、天風先生は、「人生においてはどんな些細なことでも全神経を集中して物事を考えることを習慣にしなさい。」とおっしゃっているのです。
話が少しそれましたが、全員参加の経営の場合、経営者が「自分は経営というものに対して自信がない。だから、みんなに協力してほしい。そして、みんな一緒に経営しよう。」と言い、みんながそれに共鳴し、「それなら私もお手伝いしましょう、考えましょう。」と言ってくれた瞬間に、従業員1人1人が経営に対して意を注ぐ、「有意注意」になってくるわけです。
一番館では、全ての催しに、「全員参加」を鉄則としました。
このように、「自分は頼られているのだから、社長と一緒になって考えよう!」ということを大切にしています。
そして、何とか従業員みんなが参加できるような場を作ろうと、新人歓迎会をする、新年会をする、忘年会をするといったような懇親の場づくりに気を配ってきました。
ところが、そのような催しをすると、必ずといっていいほど「全員参加の飲み会は面白くない」というような人が出てきます。
しかし私は、「どのような催しであれ、全員参加でなければ意味がない、ただの遊びで集まってくれと言っているのではなく、一緒にそういう雰囲気を味わうことが大事なのだ。」と言って、全ての催しは「全員参加」を鉄則としています。
普通の企業だと、会社行事を催しても「誰それは所用があって不参加です。」ということがよくあります。
弊社でも「時給や残業代が発生しないので、強制的な全員参加ではない」という逃げ道は作っておりますが、小さな会社であればあるほど、全員参加ということが必要なのです。
全員が参加することで、みんなが「自分は頼られている」と思うことが大事で、現に全従業員を頼っているのです。