お客様からのお問合せお待ちしております
新規の営業のご相談はご容赦ください

第075回目

「相手のためになるのかどうか」を考えて判断を下す

「一番館の行動指針」の中で私は、「自分自身を犠牲にしてでも、相手のためになることをしようと思う心、それが利他の心だ」と言っていますが、この利他の心は、何も経営だけにあてはまることではなく、国を治める場合でも、または教育を行う場でも、あらゆる局面で大切な判断基準となります。

そうは言っても、利他の心で判断することは、本来は悟りをひらいた聖者、聖人にしかできないことです。
つまり、「利他の心」の究極の境地とは、「悟りの境地」なのです。

ですから、私自身にしても、「利他の心で判断をしなさい」と皆さんに言っているものの、まだまだ中途半端なレベルでしかないわけです。

高いレベルの判断基準をもっていると、あらゆることがよく見えるといいます。
悟りをひらいた素晴らしい人に相談をすると、「それはやってもいい。」「いや、それは止めておきなさい。」と、簡単に結論を下されますが、そのような人にはあらゆることが見えているわけです。
残念なことに、「自分だけよければいい」という本能だけに満たされた凡人が世間にはうごめいています。
そして勝った負けた、取った取られた、儲かった損をしたと、血みどろの戦いに明け暮れています。

そんな中でも、利他の心を持った人が世間を見ると、一段高いところからものを見るようなものですので、全てが見渡せるのです。
正しい判断をしたつもりで仕事をしている凡人達が、少し行けば(つまづ)くことになるということが、その人には分かってしまうのです。

たとえれば、利他の心を持った人が、その先には「溝」があるから、そっちへ行ってはダメだと思っても、自分は正しい道を歩いていると思い込んでいる当の本人には、その「溝」が見えていません。
「あっちのデコポコ道よりは歩きやすそうだ」と思って、溝の上に足を踏み入れ、結局ドボンとはまってしまう。
欲だらけの心には、見えるものも見えないわけです。

しかし、先ほども言いましたように、「利他の心で判断せよ」と言われても、修行をしていない我々凡人には簡単には理解できませんし、実行することはさらに難しいわけです。
今日の私の話を聞いても、皆さんは、家に帰れば、すぐにまた自分が儲かるか儲からないかということで物事を考えるようになるだろうと思います。

そうならないようにするにはどうすればいいか、その方法をお教えしましょう。
たとえば、あるものを買うか買わないか、売るか売らないか、また、人から頼まれたことを引き受けるかどうかと考えた時、瞬間的にその答えが出てきたとします。

しかし、それは本能から出てきた思いですから、その思いにとらわれる前に、ちょっとひと呼吸入れるのです。
最初に出てきた思いを一旦横に置いて、「ちょっと待て。社長が利他の心で判断しろ。」と言っていたように、自分が儲かるか儲からないかということではなく、相手にとってそれがいいことか悪いことかどうかで考えてみよう、ふと、結論を出す前にワンクッション入れるわけです。
そして、自分にとってもいいことであり、また、相手も喜んでくれると確信した時にはじめて判断を下すようにするのです。

そうしないと、どうしても自分に都合のいいように判断してしまって、相手に不利益を与えてしまいかねません。
思考のプロセスのなかにそのような回路を入れておくことは、たいへん大事なことだと思います。
たとえ悟りをひらいていない我々凡人でも、そういう習慣を付けさえすれば、素晴らしい判断ができるようになるはずです。

コメント

小泉社長

(2015/08/03 23:34)

第75回目《「相手のためになるのかどうか」を考えて判断を下す》はいかがでしたか?

相手が間違いに自分で気づくまで数秒の「間」があるかもしれませんが、「間」を恐れる必要はありません。
相手が考えている時は落ち着いて待ちましょう。
「間違っているなら、ストレートに伝えたほうが分かりやすいのでは?」と思う方も居るかもしれませんが、率直過ぎる表現は控えるほうが無難です。
たとえば、気持ちの余裕がない時は正しいことを指摘されても受け入れ難いこともあるでしょう。

ポイントは「相手の状況に合わせて、思いやりを持って指摘すること」です。
また、本題ではなく別の話題から始めることも有効です。
自然な会話の流れを意識することで柔らかい印象を与えられます。
相手の機嫌のいいタイミングを待ったり、空気を読みすぎてしまうと進行の遅れにも繋がりますので角が立たない、謙虚な伝え方を身につけることが大切です。

それでも気づいてもらえない時は…
相手によっては、断定表現を避けると伝わらず、気づいてもらえないこともあるでしょう。
そんな時は、誤っている箇所をストレートに伝えます。
「この部分は○○と思うのですが、いかがでしょうか?」という言い回しを使ってみましょう。
冒頭部分はストレートに示していますが、一方で言葉の最後としては、やはり断定せずに「と思うのですが、いかがでしょうか?」と伝えることで、“あなたが正しいと思うのですが、再度確認させてください”というニュアンスになります。

本来の目的は、間違いを正すこと・指摘することよりも物事をスムーズに進めることです。
「何のために指摘するのか」をよく考えて、相手に不快感を与えないように意識しながら言葉を選ぶと良いでしょう。
もしもあなたが、次の打ち合わせで「間違ってます!」と指摘したくなったら、3つのコツを実践してみてください。

油谷さん

(2016/05/12 15:02)

冷静なジャッジを見極めるには、それぞれの人が持つ器の大きさこそがキーポイントであり自ら磨いていかなければならない。
なぜならここで語られる利他の心とは、物真似では語れない奥の深い心の光と変換させて頂き極めるべく人生の修行を継続したいと考えます。


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です